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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)245号 判決 1997年11月17日

原告

宮川淑

被告

千葉県選挙管理委員会

右代表者委員長

須賀利雄

右指定代理人

小暮輝信

外六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

一  原告

1  平成八年一〇月二〇日に行われた衆議院議員総選挙のうち千葉県第六区の選挙を無効とする。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

(主張)

一  請求の原因

1  衆議院議員総選挙の執行

平成八年一〇月二〇日、衆議院議員総選挙(以下、「本件選挙」という。)が行われた。

2  選挙無効の理由

(一) 総論

本件選挙のうち、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号。以下、「公選法」という。)四条一項及び一三条一項にいう小選挙区における選挙は、衆議院議員選挙区画定審議会設置法(平成六年法律第三号。以下、「設置法」という。)三条一項及び二項並びに公選法別表第一に基づく選挙区分によって行われた。しかるに、設置法三条二項は、衆議院小選挙区選出議員を地域利益の代表と捉えている点において、すべての国民の個人としての尊重という理念(憲法一三条)に基づき国会議員を全国民の代表と位置づけている憲法四三条一項に背反しており、さらに、設置法三条一項及び二項並びに公選法別表第一により、最も人口数の少ない選挙区との人口較差が二倍を超える選挙区が設定され、平等な代表・被代表の確保が阻害されたことは、すべての国民の法の下の平等を定める憲法一四条一項に違反している。

以上、憲法の右諸規定に違反する設置法の条項及び公選法別表第一に基づいて執行された選挙は無効である。

(二) 設置法三条二項が憲法一三条及び四三条一項に違反する点について

設置法三条二項は、衆議院議員小選挙区の画定にあたり、予め各都道府県に定数一を配分し、残余の定数を人口に比例して各都道府県に配分する方式を採っているが、最初から人口比例で各都道府県に定数を配分するのではなく、予め四七都道府県に定数一を配分する立法趣旨は、人口過疎地域に人口に比例する以上に手厚く議員数を配分することにある。

このことは、設置法案の国会審議において、当時の内閣総理大臣及び自治大臣が、議員に地域の声を反映させ、過疎地を優遇するために採った措置である旨を答弁しているところから明らかであり、小選挙区選出議員は、法律上、意図的に「地域代表」または「部分代表」としての性格付けを与えられているのである。

しかるに、憲法四三条一項が、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と規定しているのは、両議院の議員が部分的利益の代表となることを徹底的に拒否する建前を保障する趣旨であって、前記の設置法三条二項が意図する「部分代表」としての性格付けは、近代国家の議会制における基本的な全国民代表原理を定めた憲法四三条一項に根本から違反している。

(三) 設置法三条一項及び二項並びに公選法別表第一が憲法一三条及び一四条一項に違反する点について

国会の両議院の議員は、選挙区の選挙人の代表ではなく、広く全国民の代表であるから、議員定数の配分は、選挙人数ではなく、人口に依るべきである。このことは、明治二二年の衆議院選挙法制定の時点で既に明確に認識され、以来この考え方は憲法習律化したものになっているというべきである。

設置法三条一項は、衆議院小選挙区選出議員の選挙区を設定するについて、各選挙区の人口を基準とするとし、その均衡を図ることを明言し、各選挙区の人口のうちその最も多いものを最も少ないもので除して得た数(以下、この数値を「最大較差(人口)」という。なお、人口ではなく、選挙人の数を用いて右の算式で得られる数値を「最大較差(選挙人)」という。)が二以上にならないことを基本としている。しかるに、本件選挙においては、平成二年一〇月一日に実施された国勢調査人口に基づく公選法別表第一の選挙区ごとの人口を比較すると、最少の島根県第三区に対してその二倍を超える選挙区が二八も存在していた。

このような事態を生じた最大の要因は、前述のとおり、設置法三条二項が、議員を選挙区の利益の代弁者とする考え方に基づいて、人口過疎地に手厚く議員を配分する手法を採用したからにほかならない。この結果、設置法に基づく審議会(以下、「審議会」という。)の審議が始まる以前に、四七都道府県のうち二四都道府県で既に議員の配分定数が人口比と不一致となっているのである。すなわち、選挙区間の最大較差(人口)が二倍以上にならないことを基本とした設置法三条一項と同条二項とは、そもそも整合性を欠く規定だったのである。

右のような矛盾する設置法の諸規定及びこの法律による審議会の答申に基づいて制定された公選法別表第一は、議員と選挙区住民との間の代表・被代表の平等な関係(「投票価値の平等」とは異なる。)を選挙区間を通じて阻害するものであり、憲法一三条及び一四条一項に違反する。

3  よって、原告は、本件選挙のうち、小選挙区選出議員選挙の千葉県第六区における選挙の無効を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1は認め、同2(一)ないし(三)については、すべて争う。

2  請求の原因2(二)についての主張

設置法三条二項が、衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定にあたり、各都道府県の区域内の選挙区の数について、各都道府県に一を配分した上で、人口に比例して定めるものとしたのは、都道府県が「従来のわが国の政治及び行政の実際において果たしてきた役割や、国民生活及び国民感情の上におけるその比重にかんがみ、選挙区割りの基礎をなすものとして無視することができない要素」(最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決民集三〇巻三号二二三頁)であることを考慮したものである。その上で、同条項は、過疎地域への配慮、多極分散型国土形成等の政策課題等人口以外の合理的な要素を考慮したものであり、他方において、投票価値の平等の要請についても、その最大較差が後記の範囲内に納められていることをも併せ考えれば、同条項の定めは国会に認められた合理的な裁量権の範囲内の事項といわざるを得ず、何ら憲法に違反するものではない。

なお、原告は、小選挙区選出議員が地域代表・部分代表である旨主張するが、それが国民全体の代表であることはいうまでもない。憲法四三条一項の趣旨は、議員が選挙区の代表ではなく、全国民の代表として何が国民全体の「福利」になるのかの独自の判断に従って行動すべき地位に立つことを明らかにするものにほかならない。この見地からすれば、議員が地域の代表であるというためには、議員が選出された選挙区の選挙民の意思を代弁すべき法的責務を課されていると認められる場合を意味するというべきところ、設置法三条二項の趣旨は、右に述べたとおりであって、これによって選挙区で選出された議員が当該選挙区の指示に法的に拘束されるというような性質のものではない。原告が主張する関係閣僚の国会審議における発言も、設置法三条二項の右のような立法趣旨を述べているものであり、小選挙区選出議員が、法律上、地域の利益の代弁者であるとの趣旨でないことは明白である。

3  請求の原因2(三)についての主張

憲法一四条一項、一五条一項、三項及び四四条ただし書の規定に照らすと、憲法が選挙権の平等を保障していることは明らかであり、国会の両議院の議員を選挙する国民固有の権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものと解される。ただし、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として国会が正当に考慮することができる他の政策目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。そして、そのような非人口的要素として実際上無視することができないのが都道府県の区域であることは前述のとおりであって、衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りにおいてもこれが妥当するところ、この区割りの基礎となった審議会の勧告は、都道府県の区域を細分して選挙区を設定する方法を採用しつつ、設置法三条一項が「各選挙区間の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上にならないようにすることを基本」としている趣旨にかんがみ、各選挙区の人口が、全人口を選挙区選出議員数で除した全国の議員一人あたりの人口の三分の二から三分の四に納めることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に勘案して決定されたものである。そして、公選法の改正によって現実にされた選挙区割りが、この勧告の趣旨を尊重したものであることはいうまでもない。

しかして、現行の小選挙区選出議員選挙における選挙区間の最大較差は、平成二年次一〇月実施の国勢調査の結果を前提にすれば約2.137倍、平成七年一〇月実施の簡易な方法による国勢調査の結果(確定値)を前提にしても約2.309倍に過ぎない。このような最大較差は、およそ国会において通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものと到底考えられない程度に達していたものといえないことは明白である。

理由

一  原告の地位等

請求の原因1は当事者間に争いがなく、原告が、衆議院小選挙区選出議員選挙の千葉県第六区における選挙人であることは、弁論の全趣旨によってこれを認める。

二  衆議院選挙における小選挙区・比例代表並立制の導入の経緯とその概要

1  経緯

本件選挙は、近時における公職選挙法の改正によって成立した新たな選挙制度の仕組みの下で行われた最初の衆議院議員選挙であるが、いずれも成立の争いのない乙第一号証及び乙第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、右の公職選挙法の改正の経過は、概略次のとおりであったことが認められる。

(一)  戦後における衆議院議員を選出する選挙制度は、終戦直後の一時期を除いて、基本的には、都道府県の区域を更に細分化した区域をもって選挙区を構成し、一つの選挙区から三人ないし五人の議員を選出するという仕組み(いわゆる中選挙区制)をもって運用されてきた。しかしながら、この仕組みの下では、選挙が同一政党の候補者間の争いに傾きがちで、選挙が政策の争いというよりは個人間のサービス合戦につながりやすいという難点があるとの指摘がされてきたところであり、かねてから国会・政党等の一部に、この制度を、政党本位・政策本位の選挙を可能にする小選挙区制に改めようとする動きが見られたが、結局実現しなかった。

(二)  この改正の動きが活発化し、現実化してきたのは、昭和六三年ころからで、それは、この年発覚した「リクルート事件」が契機となって、国会の内外に「政治改革」の気運が高まってきたことによるものであった。平成元年六月に発足した第八次選挙制度審議会においても、政治資金制度の改正と並んで、選挙制度の改正が主要なテーマとして取り上げられ、平成三年六月には、衆議院議員の選挙制度として小選挙区比例代表並立制を導入することなどを内容とする答申がされた。これを受けた海部内閣は、平成三年八月、第一二一回国会に右の答申の内容を盛り込んだ公職選挙法の一部を改正する法律案を提出したが、結局審議未了で廃案となった。その後、平成五年一月に召集された第一二六回国会においては、与野党双方から衆議院議員の選挙制度についての改正案が提案され、本格的な議論が行われたが、陽の目を見るに至らなかった。

(三)  衆議院議員選挙の在り方を含む政治改革の問題が新しい展開を示すに至ったのは、平成五年七月一八日に執行された衆議院議員総選挙の結果、議席数が過半数に達しなかった自民党に代わって、同年八月九日、日本社会党、新生党、公明党、日本新党、民主党、新党さきがけ、社会民主連合及び民主改革連合の七党一会派による連立政権(細川政権)が樹立されたことによる。「政治改革政権」と自称したこの内閣は、衆議院議員の選挙制度について、小選挙区二五〇人、比例代表二五〇人の小選挙区比例代表並立制を導入することなどを内容とする公職選挙法の一部改正案、右の選挙について新たな選挙区を画定するために総理大臣に対して所要の答申を行う衆議院議員選挙区画定審議会を設置するための法案等の政治改革四法案を第一二八回国会に提出した。一方、野党となった自民党も独自の法改正案を同国会に提出した。自民党案も、選挙制度については小選挙区比例代表並立制を導入することとしていたが、比例代表の単位を都道府県とし、一票制を採用するなどの点において政府案と異なっていた。

第一二八回国会におけるこの政治改革をめぐる政府案及び自民党案の審議は、衆議院で自民党案を受け入れる形で政府案の一部を修正した上可決したものの、参議院では否決され、憲法五九条に基づいて設置された両院協議会における協議も不調に終わるという紆余曲折をたどったが、最終的には、平成六年一月二八日、細川総理大臣と河野自民党総裁のトップ会談で決着が図られた。このトップ会談により成立した合意のうち衆議院議員の選挙制度に関する事項は、「比例代表選挙は、ブロック名簿・ブロック集計とする。ブロックは第八次選挙制度審議会の答申の一一ブロックを基本とする。」、「小選挙区選出議員の数は三〇〇人、比例代表選出議員の数は二〇〇人とする。」、「投票方式は、記号式の二票制とする。」等が唱われた。

このトップ会談を受けて、政府提出の公職選挙法の一部を改正する法律は、次国会において修正される含みの下に原案通り成立し(平成六年法律第二号)、衆議院議員選挙区画定審議会設置法も、施行期日を「別に法律で定める日」とした上で成立した(同年法律第三号)。

(四)  上記のトップ会談による合意に基づき、細部について検討するため、平成六年二月四日、連立与党と自民党との間に政治改革協議会が設けられ、同月二四日にはその合意が得られた。この合意のうち、衆議院議員の選挙制度に関する主要な事項は、「比例代表選挙の区域は、第八次選挙制度審議会の答申のとおりとする(全国一一ブロック)。各ブロックの定数は、人口比例により配分する。」、「投票方式は、記号式の二票制とする。なお、参議院議員の選挙制度との整合性を考慮して、今後引き続き検討する。」、「衆議院議員選挙区画定審議会設置法の施行に関しては、連立与党と自民党との間において、別途、覚書を交わす。」とされていた。

平成六年一月三一日召集の第一二九回国会では、右の合意に基づく法案の審議が行われ、「公職選挙法の一部を改正する法律の一部を改正する法律」(平成六年法律第一〇号)、「衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律」(同年法律第一一号。この改正による改正後の衆議院議員選挙区画定審議会設置法が前記の「設置法」である。)などが成立し、同改正法は、平成三年三月一一日から施行される運びとなった。

こうして、衆議院議員の選挙制度の改正の主たる関心は、審議会による「区割り」のための審議に移ることとなった。

(五)  前記のとおり、審議会は、設置法によって総理府におかれた審議会であり(同法一条)、委員構成は七人(同法六条一項)で、その役割は、衆議院議員小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し、調査審議し、必要があると認めるときは、その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告することにある(同法二条)。もっとも、設置法は、小選挙区割の改定のフリーハンドを審議会に与えているわけではなく、改定案の作成は、「各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。」としている(同法三条一項)。また、「改定案の作成に当たっては、各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は、一に、衆議院小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とする。」ものとされている(同法三条二項)。審議会の勧告のタイミングは、一〇年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初の官報で公示された日から一年以内に行うものとされ(同法四条一項)、勧告を受けた内閣総理大臣は、これを尊重し、かつ、これを国会に報告すべきものとされている(同法五条)。

(六)  審議会は、平成六年四月一一日に設置され、小選挙区の最初の区割りについて勧告を行うための審議を開始した。同審議会は、各都道府県知事から区割り基準・区割り案について意見聴取を行った上、同年六月二日、「区割り案の基本方針」をとりまとめた。

この「方針」においては、選挙区割りの基準については、各選挙区の人口数に配慮することが基本とされている。すなわち、

「各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とする。

① 各選挙区の人口は、全国の議員一人当たり人口の三分の二から四分の三までとし、全国の議員一人当たりの人口三分の四を上回る選挙区は設けないものとし、全国の議員一人当たり人口三分の二を下回る選挙区はできるだけ設けないものとする。

② 各選挙区の人口は、当該都道府県の議員一人当たり人口の三分の二から三分の四までとする。

③ 都道府県の議員一人当たり人口が全国の議員一人当たり人口の三分の二を下回る都道府県にあっては、各選挙区の人口をできるだけ均等にするものとする。」とされているのである。

その上で、「方針」は、市(指定都市にあっては行政区)区町村の区域及び郡(北海道にあっては支庁)の区域は分割をしないことを原則としつつ、一定の場合には例外的に分割することとしている。例えば、市区についていえば、①市区の人口が全国の議員一人当たり人口の三分の四を超える場合、②市区の人口が当該都道府県の議員一人当たり人口の三分の四を超える場合、③当該都道府県の人口最大の市の区域をもって単独の選挙区としたときに全国の議員一人当たりの人口三分の二を下回る選挙区が生じる場合などには、市区の区域も分割されるのである。そのほかに、「方針」は、「選挙区は、飛び地にしないものとする。」、「地勢、交通、歴史的沿革その他の自然的社会的条件を総合的に考慮するものとする。」などの基準を掲げている。

さらに、「方針」は、区割りを進めて行く「作業手順」として、

「① 都道府県の区域を地域区分するに当たっては、現行の衆議院議員の選挙区の区域を手がかりとする。

この場合において、現行選挙区の区域または二以上の現行選挙区の区域を合わせた区域に二以上の選挙区を設けるときは、その区域の地理上の周辺部から、順次、当該区域の議員一人当たりの人口を目途とし、かつ、一の区割り基準に適合するように、選挙区を設けていくものとする。

② 作業の結果得られた区割り案が合理的かつ整合性のとれたものとなっているかどうかの総合的な検討を行うものとする。」ことを挙げている。

衆議院議員選挙区画定審議会は、右の「方針」に沿って具体的な区割りについての審議に入った。その際、区割りについて、かつて三〇〇選挙区への区割り案を答申した第八次選挙制度審議会の案を叩き台とすることとされた。

同審議会は、平成六年八月一一日に審議の結果をとりまとめ、「衆議院小選挙区選出議員の選挙区の画定案についての勧告」として、内閣総理大臣に答申した。

(七)  内閣は、右の答申を受けて、平成六年一〇月四日、いわゆる「区割り法案」を第一三一回国会に提出した。その法律形式は、平成六年法律第二号を改正して、同法に小選挙区の区割りを定める改正規定を追加する形が取られている。その内容は、公職選挙法に別表第一として衆議院小選挙区選出議員の選挙区を定めるものであり、その定めは、前記審議会の勧告どおりであった。

この「区割り法」は、平成六年一一月二一日に原案どおり国会で成立し、これによる改正後の平成六年法律第二号は、同年一二月二五日から施行された(同年法律第一〇四号)。

2  現行の衆議院議員選挙制度

以上のような改正の経過を経て成立した現行の衆議院議員選挙制度(以下、「新制度」という。)の下における選挙区の定めの概要は、次のとおりである。

(一)  議員の定数

定数は五〇〇人とし、そのうち三〇〇人を小選挙区選出議員、二〇〇人を比例代表選出議員とする(公選法四条)。

(二)  選挙区

(1) 小選挙区選出議員の選挙

小選挙区選出議員は各選挙区において選挙する(同法一二条)。その選挙区は、別表第一で定めるものとし、各選挙区において選挙すべき議員の数は一人である(同法一三条一項)。

成立に争いのない乙第二号証によると、別表第一で定められた各選挙区の人口数は、平成二年に実施された国勢調査の結果(確定値)によれば、その最大のものは北海道第八区の五四万五五四二人、その最少のものは島根県第三区の二五万五二七三人で、前者の後者に対する比率は2.137倍である。これを、平成七年に実施された国勢調査の結果(確定値)で見ると、前者は神奈川県第一四区の五七万〇五九七人、後者は同じく島根県第三区の二四万七一四七人であり、その比率は2.309倍と、人口最大区と最少区との較差は拡大している。また、人口が最少の選挙区との人口の較差が二倍を超える選挙区の数は、平成二年の国勢調査を基準とすれば二八であり、平成七年のそれを基準とすれば六〇となる。

なお、衆議院小選挙区選出議員の選挙区は、行政区画その他の区域に変更があっても、なお、従前の例による。ただし、二以上の選挙区にわたって市町村の境界変更があったときは、この限りでない(同法一三条三項)。

(2) 比例代表選出議員の選挙

比例代表選出議員の選挙は、全国を一一に分けた各選挙区において実施する。その各選挙区及びそこにおいて選挙すべき議員の数は次のとおりである(同法一二条、一三条二項、別表第二)。

北海道選挙区 九人

東北選挙区 (青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島) 一六人

北関東選挙区 (茨城、栃木、群馬、埼玉) 二一人

南関東選挙区 (千葉、神奈川、山梨) 二三人

東京都選挙区 一九人

北陸信越選挙区 (新潟、富山、石川、福井、長野) 一三人

東海選挙区 (岐阜、静岡、愛知、三重) 二三人

近畿選挙区 (滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山) 三三人

中国選挙区 (鳥取、島根、岡山、広島、山口) 一三人

四国選挙区 (徳島、香川、愛媛、高知) 七人

九州選挙区 (福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄) 二三人

三  原告の主張に対する判断

1  請求原因2(二)について

原告は、設置法三条二項の規定は、衆議院小選挙区選出議員を、法律上、地域利益の代弁者と性格付けるものであり、憲法一三条及び四三条一項の規定に違反する旨主張する。

設置法の概要は前記のとおりであり、そのうち三条は、審議会が同法二条の規定に基づいて衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定案を作成するに当たって依るべき基準を定めるものである。このうち一項は、抽象的な基準を定めるもので、各選挙区の人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口をいう。)の最大較差は、一対二以上にならないようにすることが基本である旨を宣言している。続く二項は、いわば具体的な基準を定めるもので、まず、各都道府県に一選挙区を配分し、残りを人口数に比例して配分するという方法に依るべきものとしている。

原告は、設置法三条二項の規定の立法趣旨について前記のように主張し、その根拠として同法案の国会審議における関係閣僚の発言を援用するところ、成立に争いがない乙第四号証によれば、同法案の国会審議の場において関係閣僚から次のような発言がされていることが認められる。

まず、平成五年一〇月一四日に開かれた衆議院本会議において、当時の細川内閣総理大臣は、小選挙区の定数を人口比例によって定めることは過疎・過密の問題を悪化させることにならないかという趣旨の質問に対して、「各都道府県への定数の配分につきましては、投票価値の平等性の確保の必要性がある一方で、過疎地域への配慮などの視点も重要であることから、人口の少ない県に対して定数配分上配慮をして、各都道府県にまず一人配分した後に、残余の定数を人口比例で配分をすることにいたしているところでございます。」と答弁している。

次に、平成五年一〇月二六日に開かれた前同国会の衆議院「政治改革に関する調査特別委員会」において、当時の佐藤自治大臣は、各都道府県に一選挙区を均等配分した根拠は何かという趣旨の質問に対して、「もちろん人口比例だけでやるやり方もあろうかと思いますけれども、やはり小さな人口を持つ県というものについても、発言権と申しましょうか地域の声を国政の中に反映させるということの必要のために、まず各都道府県に一名ずつ、そして残りの議席を比例配分することになったわけで、いわば過疎地域イコール小さな県とは申しませんけれども、そこを優遇する措置でございます。」と答弁している。

そこで、右のような関係閣僚の答弁がされた背景事情について考察するに、衆議院議員選挙の方式を従前の中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に改める過程では、国会の内部においても多数の意見の対立があり、同一政党内においてさえ意見の集約が困難な状況にあって、改正法案の成立に紆余曲折をたどったことは前記認定のとおりである。その一端は、前記乙第四号証の国会審議録によって窺い知ることができるのであるが、これを通覧すると、いわゆる過疎地域に属する県から選出された議員の間には、小選挙区選出議員と比例代表選出議員の定数比率については、できるだけ前者の比重を高くすべきであるとする意見が強く、小選挙区の定数配分については、これを人口比例ですると、人口の少ない県から選出される議員数が少なくなるという懸念が存在していたことが窺える。前記の細川総理大臣及び佐藤自治大臣の答弁は、このような意見や懸念に配慮した政治的発言であって、小選挙区選出議員の法的性格について言及する趣旨のものとは認めがたい。

かえって、新制度の下における小選挙区選出議員の全国民の代表者としての性格には、従前と変化がないとみるべきである。けだし、新制度は、従前の中選挙区制の下では、選挙が政策の争いではなく、個人のサービス合戦に堕し、また、政治腐敗の根源になっているとの反省に立って導入されたものであること、新制度は、また、近代社会における政党の役割の重要性にかんがみ、政党本位・政策本位の思想を選挙制度に反映させようとするものであること、中選挙区制に代わるべき制度の構想については、政党等において様々な案が検討され、小選挙区比例代表並立制をめぐっても、小選挙区選出議員と比例代表選出議員の定数配分をどうするか、比例代表制は全国ブロックとするか地域ブロックとするかなどについて複数の案が審議の俎上に乗り、最終的に新制度のような内容に落ち着いたことなど前記認定の公選法等改正の経過から客観的に推認される立法者の意思は、もっぱら衆議院議員選挙の単位及び方法を改めることにあり、衆議院議員の国民代表たる性格を改めることまでは及んでいなかったものとみるべきだからである。

さらにいえば、設置法が小選挙区選挙の選挙区を都道府県の区域を基準として定めることとし、その配分に当たって、まず各都道府県に一の選挙区を配分することとしたのは、従前の中選挙区制の下での選挙区が都道府県の区域を基準とするものであったことから、制度の安定的な移行のためにも、その基準を新制度においても承継するという考えに基づくものと考えられる。衆議院議員の選挙区の設定において都道府県の区域がこのような重きを成しているのは、都道府県が、地縁・血縁等に由来する住民の帰属意識に支えられたまとまりのある組織として、歴史上においても、国民が政治的、経済的、社会的諸活動を営んでいく上での基本単位であったし、現代においても、わが国全体の社会の仕組みが、一極集中を廃して多極分散型の国土形成に向けて変化している中で、新たな観点からその組織単位としての機能の重要性が認識されつつあるからにほかならない。すなわち、都道府県は、国政に携わる議員の選挙制度に関しては、過去にも、また現在においても、その選出の最も普遍的な基盤という政治的意味を有する団体として機能してきたのである。設置法三条二項の規定の趣旨は、このような都道府県の機能にかんがみ、これを新制度の下における議員選出の基盤としても採用するというにあり、その選出された議員の国民代表たる性格を失わせるまでの意味を有するものではないというべきである。

よって、原告の請求原因2(二)の主張は理由がない。

なお、付言するに、わが国の選挙制度における都道府県の機能については右に述べたとおりであるが、都道府県を国会議員選出の基盤とする場合においても、現実の選挙制度において、選挙区や議員定数の配分等が特定の政党その他の政治団体又は個人にのみ有利に作用するような恣意的な定めがされ、これが衆議院比例代表選出議員選挙におけるいわゆる政党要件(公選法八六条一項参照)の規制等と相俟って、一党独裁の弊を招く虞が客観的に認められるときは、憲法が保障する個人の尊重・公共の福祉の理念に照らして、同法に抵触する疑いが生じることも考えられる。しかしながら、本件においては、右のような疑点は認められないところである。

2  請求原因2(三)について

原告は、設置法三条一項・二項及び公選法別表第一により定まる小選挙区は、人口最少区との議員一人当たりの人口較差において二倍を超える選挙区が二八も存在しており、これは、議員と選挙区住民との平等な代表・被代表の関係を阻害するものであって、憲法一三条及び一四条一項に違反する旨主張する。

(一)  従前の議員定数配分規定改正の経過といわゆる定数訴訟の動向

原告の右主張は、従前の国政選挙に関する定数訴訟で争われてきた「投票価値の平等」とは若干視点を異にするものと解されるが、各選挙区の人口的要素を基準として選挙制度の違憲・無効を主張する点においては基盤を同じくするものがあるので、次に、新制度発足前における衆議院議員の定数改正の経過とこの定数をめぐる主要な最高裁判決を概観しておくことにする(必要に応じて参議院議員の定数に関する最高裁判決にも触れる。なお、以下の事実は、いずれも公知の事実または裁判官が職務上知り得た事実である。)。

(1) 衆議院議員の選挙区及び議員定数について定める公選法別表第一は、公選法制定の当初は、衆議院議員選挙法の別表をそのまま引き継いだものであって、昭和二一年四月の人口調査に基づき、人口一五万人につき一人の割合で各選挙区における議員定数を配分したものといわれている。

しかし、わが国が戦後の経済復興を遂げ、高度経済成長の時代を迎えた昭和三〇年代から、人口の都市への集中化現象が起こり、この結果、議員定数と人口数との不均衡が著しい選挙区を生ずるに至ったため、昭和三九年法律第一三二号による公選法の一部改正により、右不均衡の著しい選挙区について定数の増員(合計一九名)が行われ、選挙区間の議員一人当たりの人口較差がほぼ二分の一以内になるよう是正された。

この昭和三〇年代には、参議院地方区選出議員の選挙区及び議員定数の配分を定めた公選法別表第二の合憲性が訴訟で争われ、これに対する最高裁の判断が示された。最高裁昭和三九年二月五日大法廷判決(民集一八巻二号二七〇頁)がそれで、この判決は、議員定数、選挙区及び各選挙区に対する議員数の配分の決定に関し立法府である国会の裁量権を認め、「選挙区の議員数について、選挙人の選挙権の享有に極端な不平等を生じさせるような場合は格別、……議員数に配分が選挙人の人口に比例していないという一事だけで、憲法一四条一項に違反し無効であると断ずることはできない。」とし、選挙区間の最大較差(人口)が一対4.09程度では、なお立法政策の当否の問題にとどまり、違憲問題を生ずるとは認められないとした。

(2) 衆議院議員の定数については、昭和三九年に前記のような是正措置が図られたが、人口の集中化はその後も進み、昭和四七年一二月一〇日に行われた衆議院総選挙当時には、最大較差が一対4.99に達した。そして、右の較差が平等選挙において制度上当然に許されるべき程度を越えるものであるか否かが訴訟で争われた。最高裁(昭和五一年四月一四日大法廷判決民集三〇巻三号二二三頁。以下、「昭和五一年大法廷判決」という。)は、右のような較差を生ぜしめている公選法の衆議院議員定数配分規定は憲法一四条一項等に違反するとし、いわゆる事情判決の法理を適用して、主文においてその旨を宣言するとともに、選挙の無効を求める請求自体は棄却した。その理由の構成の概略は、次のとおりである。

① 憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条ただし書は、国会の両議院の選挙における選挙権の内容、すなわち各選挙人の投票価値の平等であることを要求するものであり、右各選挙につき国会が定めた具体的な選挙制度において、国会が正当に考慮することができる重要な政策目的ないし理由に基づく結果として合理的に是認することができない投票価値の不平等が存するときは、憲法の右規定の違反となる。

② もっとも、制定当初は憲法に適合していた議員定数配分規定がその後の人口変動により憲法上の選挙権の平等の要求に反する程度になったとしても、直ちにこれを違憲とすべきではなく、合理的期間内にその是正がされなかった場合に初めて違憲と断ぜられるべきものである。

③ 右の衆議院議員選挙当時における最大較差(選挙人)約一対五が示す投票価値の不平等は、一般的に合理性を有するとはいえず、これを正当化すべき理由はないし、合理的期間内にその是正がなされなかったものと認められるから、衆議院議員定数配分規定は違憲である。

(3) 昭和五〇年には、公選法の改正が行われ(同年法律第六三号)、衆議院議員の定数が改められたが、これも、昭和三九年改正と同様、専ら人口が激増した選挙区の一部について議員数の増加及び選挙区の分立などの措置を講じたに過ぎないものであった。もっとも、この改正によって、最大較差は、改正前の一対4.83から一対2.92に縮小した。

選挙訴訟の面では、昭和五二年七月一〇日執行の参議院議員選挙と昭和五五年六月二二日執行の衆議院議員選挙の効力が争われた。前者は、右参議院議員選挙当時における最大較差は一対5.26であったが、最高裁(昭和五八年四月二八日民集三七巻三号三四五頁)は、右の較差が憲法の諸規定に違反するに至っていたとはいえないとの判断を示した。後者は、昭和三九年の公選法の改正によっていったんは縮小した衆議院議員選挙区の最大較差(人口)が、その後の人口異動により、右衆議院議員選挙の当時においては一対3.94に達していたという事情の下における事案であった。最高裁(昭和五八年一一月七日大法廷判決民集三七巻九号一二四三頁。以下、「昭和五八年大法廷判決」という。)は、右の較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は、国会において通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお、一般的には合理性を有するものとは考えられない程度に達していたとしたが、昭和五〇年の公選法の改正の結果、昭和五一年大法廷判決によって違憲とされた投票価値の不平等は一応解消されたと評価できること、右の投票価値の不平等状態が生じた時から右選挙までの間に憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかったものと断定することは困難であることなどを総合的に考慮して、右選挙当時の議員定数配分規定が憲法に違反するものと断定することはできないとした。

(4) その後、衆議院議員小選挙区選出議員の選挙区間の最大較差はさらに拡大し、昭和五八年一二月一八日執行の衆議院議員選挙当時には一対4.40に達した。右選挙の効力が争われた訴訟において、最高裁(最高裁昭和六〇年七月一七日大法廷判決民集三九巻五号一一〇〇頁。以下、「昭和六〇年大法廷判決」という。)は、右の較差に示された選挙区間の投票価値の不平等状態は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものというべきであるとし、かつ、昭和五〇年の公選法改正の後、昭和五八年大法廷判決によって昭和五五年六月執行の衆議院議員選挙当時において憲法の要求する投票価値の不平等があることが指摘され、その後も最大較差が漸次拡大の一途を辿っていたにも拘わらず、右昭和五八年の選挙までの間何らの格差の是正措置が採られなかったのは、憲法上要求される合理的期間内の是正が行われなかったものと評価せざるを得ないと断じた。ただし、昭和五一年大法廷判決と同様、事情判決の法理により、選挙無効の請求を棄却し、主文で右選挙の違法を宣言するに止めた。

(5) 昭和六〇年大法廷判決を受けて、国会は、衆議院議員定数配分規定の改正に取り組み、昭和六一年に、八選挙区の定員を各一名増員し、七選挙区の定員を各一名減員すること(いわゆる八増七減)などを内容とする公選法の改正が行われた(昭和六一年法律第六七号)。

選挙訴訟の関係では、昭和六一年七月一六日に執行された衆議院議員総選挙について定数訴訟が提起された。同年の公選法の改正によって、最大較差(昭和六〇年の国政調査の結果に基づく)は改正前の一対5.12から一対2.99に縮小され、さらに、右衆議院議員選挙当時の最大較差(選挙人)は一対2.92となり、他方、人口数の多い選挙区の議員数が人口の少ない選挙区の議員数よりも少ない逆転現象が一部の選挙区でみられたという事情のもとでの訴訟であった。最高裁(昭和六三年一〇月二一日大法廷判決民集四二巻八号六四四頁)は、右選挙においては、「その当時の前記議員一人当たりの選挙人数または人口の較差及び逆転現象が示す選挙区間の投票価値の不平等が存するというべきであるが、その不平等は、昭和六一年改正法の成立に至るまでの経緯に照らせば、選挙人数または人口と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる衆議院議員の選挙制度の下で、国会において通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものと考えられない程度に達している、とまではいうことはできない。」との判断を下した。

(6) 平成の年代に入って、同二年二月一八日に執行された衆議院議員選挙について定数訴訟が提起された。右選挙当時における議員定数配分規定の下では、最大較差(選挙人)は一対3.18であり、選挙区相互間の逆転現象もさらに拡大しているという事情のもとでの訴訟であった。最高裁(平成五年一月二〇日大法廷判決民集四七巻一号六七頁。以下「平成五年大法廷判決」という。)は、右の最大較差が示す投票価値の不平等は憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたと判断したが、昭和六〇年大法廷判決によって違憲と判断された昭和六一年公選法改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等は、右改正の結果解消されたものと判断できること、右平成二年の選挙までの期間は、昭和六一年改正法による議員定数配分規定の施行日である右昭和六一年の選挙の執行日から約三年七カ月、昭和六〇年国勢調査の確定値が公表された日から約三年三カ月であることなどの事情を総合的に考慮して、「本件において、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が憲法の選挙権の要求に反する程度に達した時から本件選挙までの間にその是正のため改正がされなかったことにより、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったものと断ずることは困難であるといわざるを得ない。」との判断を下した。

(二)  検討

(一)に掲げた各最高裁判決のうち、昭和五一年、昭和五八年、昭和六〇年、昭和六三年及び平成五年の各大法廷判決は、新制度に移行する以前のいわゆる中選挙区制の下における「投票価値」の問題についての基本的な判断の枠組みを示している。その内容は、次のとおりである。

憲法一四条一項の規定は、国会の両議員を選挙する国民固有の権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の有する影響力(投票価値)の平等をも要求するものと解すべきである。しかし、また、憲法は、両議員の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量に委ねているのであるから、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるのではなく、原則として、国会が正当に考慮することができる他の政策目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ、国会が定めた具体的な選挙制度の仕組みの下において投票価値の不平等が存在する場合に、それが憲法上の投票価値の平等の要求に反しないかどうかを判定するには、右不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認する範囲内にとどまるものであるかどうかを検討する必要がある。

右の基本的な考え方は、都道府県の区域を細分化した小選挙区を設け、これを衆議院議員の選出単位とする新制度の下においても妥当するところである。そこで、以下に、右の基本的な考え方に従って、原告の請求原因2(三)の主張の当否について検討することとする。

設置法三条一項は、新制度の下における最大較差(人口)を「一対二以内」とする基本思想を鮮明にしている。この「一対二以内」という較差は、人口比例主義を唯一・絶対の原則とする制度の下においても、各選挙区間において完全な「一対一比率」を維持することには種々の制約があって通常は不可能であることにかんがみれば、一人一票という原則を実質的に維持するという意味において、投票価値の不平等に対する許容限度として現実的かつ明確な基準といえよう。まして、前記のとおり、国会が、その両議院の議員の選挙制度の仕組みを決定するには、人口比例主義のほかに他の政策目的ないし理由をも斟酌することができるとする立場を採るならば、設置法三条一項の「一対二以内」という思想は、優に憲法の選挙権の平等の要求に応えるものということができる。

もっとも、右の「一対二以内」という思想は、あくまで制度の「基本」であって、具体的には行政区画、地勢、交通などの諸事情を総合的に考慮して定めるものとされており、現に、前記認定のとおり、公選法別表第一の下での最大較差は、平成二年に実施された国勢調査の結果(確定値)を基準にすれば「一対2.137、平成七年に実施された国勢調査の結果(確定値)を基準とすれば一対2.309であり、人口が最少の選挙区との人口の較差が二倍を超える選挙区の数は、平成二年の国勢調査を基準とすれば二八であり、平成七年のそれを基準とすれば六〇となっている。このような選挙区間の較差をもたらした最大の要因は、設置法三条二項が、前述のとおり、各都道府県の区域内に選挙区を設定するに当たって、まず、各都道府県に一を配分し、残余を人口比例主義によって配分したことにあり、右のような配分方法を採ったこと自体によって既に都道府県間に一対1.82の最大較差(人口)が生じていたのである。そこで、設置法三条二項による右の措置が同条一項の趣旨を阻害し、ひいては新制度の下における定数配分規定全体の違憲・無効をもたらすこととなるか否かについて検討する必要がある。しかるところ、

(1)  設置法三条二項が右のような定数の配分方法を採用した理由の一つは、わが国社会における都道府県という行政組織の重みにあると解すべきことは、前記認定のとおりであって、そのような要素は、国会が正当に考慮することができるものと解すべきである。

(2)  新制度の導入については、過疎地域に属する県から選出された議員の間に、その定数配分を人口比例ですると、人口の少ない県への割当数が少なくなるとの懸念が存在したことは前記認定のとおりであり、細川総理大臣や佐藤自治大臣の発言にみられるように、設置法三条二項は、そのような懸念に配慮する政治的意味合いも帯びるものとみることができる。右のような定数配分基準は、人口比例主義の観点からすれば、その合理性に疑問を呈さなければならないが、右基準自体の最大較差に及ぼす影響が前記の範囲にとどまり、同法三条一項の立法趣旨を阻害するには至らないとみられることにかんがみて、国会が考慮することができる政治的要素と認むべきである。

(3)  さらに、前記認定に係る衆議院議員定数配分規定改正の経緯と同規定に関する最高裁判決の概観から明らかなとおり、最高裁は、公選法における衆議院議員定数配分規定については、昭和五〇年、昭和六一年の各改正による是正が図られた後の各一時期を除いては、一貫して、憲法の選挙権の平等の要求に違反するものであると断じ、かつ、二回にわたって当該選挙が違法である旨を宣言している。こうした一連の経過にかんがみれば、新制度の導入は、衆議院議員定数配分規定の改正という面に焦点を当ててみる限り、従前は部分的な手直しをするにとどまっていた国会が、長年の懸案に正面から答えたものとみることができよう。そして、その内容は、選挙権における平等を確保する上で最も基本的な条件と考えられる選挙区間の人口比率を重視し、最大較差「一対二以内」という原則を打ち出したものであって、従前の経緯からみれば、抜本的な改正と評価することができるものといっても過言ではない。

以上のような諸般の事情を総合して考えると、新制度の下における衆議院議員定数配分規定(設置法三条一項・二項、公選法別表第一などによって形成されるもの)は、選挙区間の最大較差(人口)が「一対二以内」であることを基本に据えた点においては十分な合理性を有するものと評価すべきであり、その現実においては、必ずしも右の原則が遵守されていないうらみは存するものの、全体として、憲法の選挙権の平等の要求に違反する程度には至っていないものというべきである。

以上のとおりであるから、原告の請求原因2(三)の主張も理由がない。

四  結論

よって、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野寺規夫 裁判官小池信行 裁判官坂井満)

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